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さて、前回は「中学受験・網羅する歴史」の初回(#0)として「時代区分」について学びました。
まだ読んでない方はぜひ読んでみて頂きたいのですが、簡単にまとめるなら「歴史をストーリーとして見るために、まずは『時代区分』について知ろう!」ということでした。
時代区分について前回学んだので、今回からは具体的に各時代について学んでいきましょう!
というわけで、まずは日本の歴史における最初の時代である「旧石器時代」についてストーリーが分かるように学んでいきましょう!
日本の歴史はどう始まったのか
今僕らが生活しているこの日本列島は、時間をかなり遡(さかのぼ)ってみると、まだ人類が誰も住んでいない時がありました。
このときは、人がいないので、歴史はもちろんまだ始まってません。
それがある時、大陸(ユーラシア大陸)から人類が日本列島に渡ってきて、住み始めるようになります。
この「人類が日本列島に渡ってきた時」が、日本の歴史の始まりです。
かつて日本列島は、大陸(ユーラシア大陸)と陸続きになっていました。
この陸続きの時に、日本人の祖先にあたる人たちは獲物を追って大陸から日本列島へとやってきました。
当時はまだ氷河時代で、氷期と間氷期をくり返していました。その氷期と間氷期の繰り返しによって起こる地形変化によって、日本列島は大陸から分離し、現在の日本列島ができました。
日本列島がユーラシア大陸と陸続きだったことは、長野県の野尻湖遺跡のおかげで分かったんだ。
というのも、大陸にしかいないナウマンゾウの化石が野尻湖から見つかった。ナウマンゾウは泳いだり船に乗ったりすることはできないから、歩いて渡ってくるしかできないよね。
この発見によって、当時は日本列島とユーラシア大陸が陸続きだったことが分かったんだ。(野尻湖遺跡についての詳しい話は以下↓を参照のこと)
→ブログ内リンク「野尻湖遺跡」を詳しく学ぼう!
【この章のまとめ】
・日本の歴史は、ユーラシア大陸から人類が日本列島に渡ってきたことで始まった。
・陸続きだったから、渡ってこれた。
・陸続きだったことが分かったのは、野尻湖遺跡から大陸にしかいないナウマンゾウが発見されたから。
時代名はなぜ「旧石器」時代なのか?
旧石器時代=「旧石器」を使っていた時代
こうやって始まった日本の歴史ですが、当時の人々は生活の中で「旧石器」を使っていたので、この時代のことを「旧石器時代」と呼びます。
これは前回の記事で書いたように、旧石器時代~古墳時代の4時代は、「何を使用していたのか」という「生活様式」が時代名となっているからですね。
でも、この時代名、少し違和感を感じませんか?
「旧石器」とは?
「旧石器」が何なのかを見る前に、そもそもの「石器」とは何なのかについて説明すると、これは名前の通り「石で作られた器具」のことです。
人類が地球に生まれた初期の頃は、この「石器」を使って生活していました。
そしてこの石器は、「つくりの精巧さ」によって大きく2つに分けることができます。
・簡単なつくりの石器=旧石器
・精巧なつくりの石器=新石器
具体的には、前者の「簡単なつくりの石器」とは、石を打ったり剥いだりといった比較的簡単な作業でつくることのできる「(初期の)打製石器」のことです。
一方、後者の「精巧なつくりの石器」とは、石を磨いてつくりあげる「磨製石器」と、初期の打製石器よりも作りが複雑化した「(精巧な)打製石器」のことです。
・簡単なつくりの石器=(初期の)打製石器=旧石器
・精巧なつくりの石器=磨製石器と(精巧な)打製石器=新石器
(よく「旧石器=打製石器」と教えてしまう先生がいますが、上述の通り、これは厳密には違います。)
つまり「旧石器時代」とは?
ここまでくるとだいたい察しが付くかと思います。
旧石器時代と言うのは、前者の簡単なつくりの石器である「(初期の)打製石器」=「旧石器」を使用していた時代のことです。
旧石器時代=初期の打製石器(=旧石器)を使用していた時代。
そう、日本の歴史を学んでいて「新石器時代」というのを聞いたことがほとんどないですよね。
これは、日本において新石器(=磨製石器と精巧な打製石器)を使用した時代は、この旧石器時代のあとの縄文時代・弥生時代なんです。
この頃は新石器だけでなく、縄文土器や弥生土器といった非常に特徴的な土器を使用していたため、時代名としては「縄文時代」や「弥生時代」と呼ばれるようになり、「新石器時代」とは(ほぼ)言わないわけです。
(ただ、これらの時代をまとめて「新石器時代」ということはあります。)
また、これら「旧石器」と「新石器」は時代ごとにきれいに使い分けられていたわけではないことが判明しているため、今では「旧石器」や「新石器」という言葉はあまり使われなくなっています。でも名残として、時代区分の「旧石器時代」という名称が残っているというのが正確です。
「旧石器時代」の別名
ちなみに、日本の歴史において、これら「旧石器」は、縄文土器や弥生土器といった「土器」の普及によって衰退していきます。
すなわち、旧石器時代というのは土器が普及するまでの時代と言いかえることができるので、旧石器時代のことを「無土器時代」や「先土器時代」と呼ぶことがあります。
また、理由は後述しますが、「岩宿時代」と呼ばれることもまれにあります。
旧石器時代の日本の様子
そんな「旧石器時代」は、人々はどんな生活をしていたのでしょう?
「衣・食・住」とそれらを支える「道具」を中心に当時の生活の様子を見ていきましょう。
当時の生活〈衣〉
・
当時の生活〈食〉
・狩りや採集をしていた。(食料採集の時代)
当時の生活〈住〉
・移住生活を営んでいた。
・洞穴に住んでいた。
当時の生活〈道具〉
・石を打ち砕いて作られた簡単な石器である「打製石器(旧石器)」を使用していた。
・土器はまだ使用されていなかった。
当時の生活〈社会〉
・身分の差がない社会だった。
旧石器時代の終わり
・石器は、土器の普及(さらには金属器の普及)により衰退していく。
縄文時代へ。
かつては日本において旧石器時代はないとされていた
旧石器時代はかつて日本にはないとされていた
旧石器時代があったことを証明した相沢忠洋
日本に前期旧石器時代と中期旧石器時代はないのか?
旧石器時代を知るための史跡・史料
歴史を知るうえで、もっとも重要なものは「史跡」と「史料」です。
しかし旧石器時代はまだ文字がない時代なので、史料がありません。よって、旧石器時代を知るために必要不可欠なのは史跡になります。以下の2つを覚えておきましょう。
旧石器時代を知るための史跡①「野尻湖遺跡」
野尻湖遺跡は、長野県で見つかった遺跡です。
この遺跡からは、ナウマンゾウなど大陸(ユーラシア大陸)にしかいない大型動物の化石が出土しました。
このことから、当時の日本列島は大陸と陸続きだったことが判明しました。
旧石器時代を知るための史跡②「岩宿遺跡」
岩宿遺跡は、群馬県で見つかった遺跡です。
第二次世界大戦後、この岩宿遺跡から打製石器が発見されました。発見者は相沢忠洋。
この発見により、当時日本列島にはないと思われていた旧石器時代が実はあったということが判明しました。
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少しずつ更新していくので、少々お待ちくださいませ。
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noteにて。
「旧石器時代」に関する中学受験の出題例
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というわけで、旧石器時代についてはひとまず以上になります。少しずつ情報をアップデートして網羅度を上げていくので、今後もぜひチェックしてみてくださいね。
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