中学受験・網羅する歴史

【網羅する歴史 #4】「弥生時代」を網羅的に学ぼう・後編〈中学受験〉

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みなさんこんにちは!

前回は、弥生時代の中でも「考古学」的に判明したことを中心に学びました。

今回は、弥生時代の中でも「文献史学」的に判明したことを中心に学んでいきましょう!

紀元前1世紀頃の日本

当時の日本のことは、中国の書物である『漢書』地理志で知ることができます。

この『漢書』地理志には当時の日本の様子が記されており、それによると、

・当時の中国は日本のことを倭(わ)と呼んでいた。
・そしてその「倭(わ)」は、100個ほどの小国に分かれていた。

ということが記載されています。

1世紀半ば頃の日本

また、1世紀半ば頃の日本のことは、中国の書物である『後漢書』東夷伝で知ることができます。

この『後漢書』東夷伝によると、

・現在の福岡辺りにあった小国の「奴国(なこく)」が、(当時の中国)に遣いを送ったこと。
・そしてその遣いが、漢の皇帝から金印を授けられたこと。

が記載されています。

時は変わりますが、この時代よりもだいぶ後の江戸時代に、福岡県の志賀島(しかのしま)漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」と刻まれている金印が発掘され、これが先述の、漢の皇帝から奴国の遣いに贈られた金印だと考えられています。

3世紀頃の日本

3世紀ごろの日本のことは、これも中国の書物である『魏志』倭人伝で知ることができます。

この『魏志』倭人伝によると、

・日本には邪馬台国(やまたいこく)という国があること
・その邪馬台国には卑弥呼(ひみこ)という女王がいること
・中国の皇帝がこの卑弥呼に銅鏡などを授けたこと

などが記されています。

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