(このブログは、中学受験において「塾なしで最難関校を目指す」ことができるように、社会の学習内容を網羅的に学べる記事を書いています。)
前回まで旧石器時代について網羅的に学んできました。(前回の記事はこちら↓)
この「網羅する歴史」シリーズは、「塾に通わないでも日本の歴史をストーリーとして学べる!」をテーマにしている講義型ブログです。「社会は暗記科目」と思ってしまっている人こそ、ぜひ読んでみて下さいね!
みなさんこんにちは!
今日から日本の歴史について、20回に渡って学んでいきます。
「社会は暗記科目」なんて思っている人が多いかもしれませんが、実際は「暗記科目」ではなく「理解科目」なんです。
特に今日から学ぶ歴史というのは、「暗記科目」として学ぶとただの苦行になってしまいますが、「ストーリー」として、言い換えると因果関係を明確にして理解しながら学ぶと、自然と頭に入ってしまう科目なんです。
その点を強く意識しながら、日本の歴史について学んでいきましょう!
では、スタート!
ださいね。
縄文時代とはどんな時代だったのか
―森の日本に生まれた「定住の文明」―
第1章 氷の世界が終わり、日本列島が大きく変わった(旧石器→縄文)
① 氷河期の日本列島
今から約3万年前、日本列島は今とはまったく違う世界でした。
地球は 氷河期 にあり、気温は現在よりかなり低くなっていました。
すると海の水が氷となるため、海面が下がります。
その結果、日本列島は大陸と陸続きになっていました。
この頃の日本には
- ナウマンゾウ
- オオツノジカ
などの大型動物が生きていました。
旧石器時代の人々は、これらの動物を追いかけながら生活する
移動生活
を送っていました。
石を打ち欠いて作る 打製石器 を使いながら、狩りをして生きていたのです。
② 気候の大変化が起きる
しかし約1万5000年前、地球の気候が大きく変わります。
氷河期が終わったのです。
すると日本列島の自然も大きく変化しました。
変化を整理すると次のようになります。
| 氷河期 | 温暖化後 |
|---|---|
| 草原 | 森 |
| 大型動物 | 小動物 |
| 移動生活 | 定住生活 |
森が広がると、人々は新しい食べ物を手に入れるようになります。
- ドングリ
- クリ
- クルミ
- 魚
- 貝
つまり、一か所に住みながら食料を得ることが可能になったのです。
③ 新しい道具の発明
この生活の変化の中で、人々はある大きな発明をします。
それが
縄文土器
です。
土器があると
- 木の実を煮る
- 食料を保存する
ことができます。
この新しい生活様式の始まりが
縄文時代
です。
第2章 森の恵みの中で始まった定住生活
縄文時代の最大の特徴は
定住生活
です。
人々は同じ場所に住み続けるようになりました。
住まいは
竪穴住居
です。
地面を掘り、柱を立て、屋根を作る家でした。
このような家が集まり、
ムラ(集落)
が生まれます。
第3章 縄文海進と豊かな海の恵み
縄文時代の前半、日本列島では
縄文海進
という現象が起こりました。
これは、温暖化によって海面が上昇する現象です。
海が内陸まで入り込み、日本列島の沿岸には
豊かな海の環境
が生まれました。
その結果、人々は
- 魚
- 貝
- 海藻
など多くの食料を得ることができました。
こうして海辺の集落では
貝塚
が作られるようになります。
貝塚とは、食べた貝殻などを捨てた場所です。
しかしそこには
- 魚の骨
- 動物の骨
- 土器
- 人骨
なども含まれており、縄文人の生活を知る大切な資料となっています。
第4章 縄文文化の発展
定住生活が続くと、文化も発展していきます。
縄文時代を代表する文化が
縄文土器
です。
縄を押しつけて模様をつけた土器で、世界でも非常に古い土器として知られています。
また、この時代には
土偶
という粘土の人形も作られました。
多くは女性の姿をしており、
- 豊作
- 出産
- 命
などを祈る信仰と関係していたと考えられています。
つまり縄文人は、自然を利用するだけでなく
自然や生命を大切にする精神文化
を持っていたのです。
第5章 縄文のムラと物々交換
縄文時代のムラは、それぞれ完全に孤立していたわけではありません。
ムラとムラの間では
物々交換
が行われていました。
たとえば
- 黒曜石
- ヒスイ
- 土器
などが遠くの地域から運ばれたことが分かっています。
これは、縄文時代にすでに
広い交流ネットワーク
が存在していたことを示しています。
第6章 縄文時代を知る大発見
縄文時代の研究を大きく進めた発見があります。
それが
大森貝塚
です。
1877年、アメリカの動物学者
エドワード・モース
が東京の大森で発見しました。
モースはこの貝塚を発掘し、日本で初めての本格的な考古学調査を行いました。
この発見によって、日本にも
先史時代の文明
が存在したことが明らかになったのです。
第7章 縄文社会の頂点 三内丸山遺跡
縄文時代の大規模なムラとして有名なのが
三内丸山遺跡(青森県)
です。
ここでは
- 多数の竪穴住居
- 巨大な建物跡
- 土偶
- 土器
などが発見されています。
三内丸山遺跡からは、縄文時代の人々が
- 定住生活
- 共同社会
- 交易
を行っていたことが分かります。
縄文社会は、想像以上に豊かで複雑な社会だったのです。
第8章 人口増加と社会の変化
縄文時代は
約1万年以上
続きました。
その長い時間の中で、日本列島の人口は少しずつ増えていきます。
人口が増えると、ある問題が生まれます。
それは
食料問題
です。
森の恵みだけでは、すべての人を養うことが難しくなっていきました。
そこで人々は
植物を育てる
という新しい方法に注目するようになります。
第9章 稲作の伝来と弥生時代の始まり(縄文→弥生)
紀元前4世紀ごろ、日本列島に大きな変化が訪れます。
それは
稲作(水田農業)
の伝来です。
稲作は
中国
↓
朝鮮半島
↓
日本
というルートで伝わったと考えられています。
稲作には大きな特徴があります。
- 大量の食料を作れる
- 水や土地の管理が必要
- 人々の協力が必要
つまり
社会の仕組みそのものが変わる
のです。
この結果、日本社会は
狩猟採集社会 → 農耕社会
へと変化します。
そして新しい時代が始まります。
それが
弥生時代
です。
まとめ 縄文時代とは何だったのか
歴史の流れを整理するとこうなります。
旧石器時代
(氷河期・移動生活)
↓
気候温暖化
↓
縄文時代
(定住生活・森の恵み)
↓
稲作の伝来
↓
弥生時代
(農業社会)
縄文時代とは一言で言えば
「自然の恵みを利用しながら定住生活を始めた時代」
でした。
そしてこの時代に生まれたムラと社会が、
次の弥生時代の日本社会の基礎となっていくのです。
